第十話

勝利はあらゆる問題を解消するが、敗戦はあらゆる問題を露呈させる。

そもそも南間ホテルの経営は、本当の意味での経営不在とポリシーの無さが最大の問題ではなかったか。

そして、曲がりなりにも屋台骨を背負ってきた南間康のいない事の現実を

正確に認識できず、又、認識しようとも思わない人たち。

相変わらずプアーな欲望だけの南間栄、経営者として致命的な失敗をしたにも関わらず、

その事を直視しようとしない南間三郎、そして常に、人の後ろに隠れて、果実だけを享受しようとする南間久子。

そこには、愚直に問題に取り組み、真摯に会社を立て直そうとする姿勢は皆無だった。

奥日光高原ホテル経営以前の南間ホテルに戻れるはずもなく、

また大きなリダメージ(それはマーケティング的にも、財政的にも)の中で

深く傷ついている南間ホテルを再びリスクの中に落とし込む要素を多く内包していた。

失敗も2度繰り返せば、そこには構造がある。

南間元は若い頃から、この家族から逃げ出す事だけを考えてきたし、

そしてこの時、正に南間ホテルの問題はこの構造そのものだった。

南間康に呼び戻されて、心ならずも近畿日本ツーリストに対峙した日々は

否応もなく南間元をこの問題に叩き込んでいった。

嫌悪を感じていたこの家族の中で、哲学も矜持もない人たちの中で、

そして、この地域のアンシャンレジームの中で、

何よりも途方もないエネルギーが必要なことはわかっていた。

責任感とか義務感とか、そんなものではない何かが南間元の背中を押した。

南間元は南間康の変わりに、経営者になろうと思った。

そして南間元が最初に手をつけなければならなかった事、

それは南間康の世界との決別に他ならなかった。