第九話

吹き荒れる資本主義という名の暴力の中で、お山の大将でしかない南間栄と、

表層的なマネージメントしか分からなかった南間三郎。

そして、常に人の陰に隠れて何とかやり過ごそうとするしか能のない南間久子。

この3人とも、ただ呆然として立ち尽くしているに過ぎなかった。

南間康にとって大事なことは、”戦っても勝ち目があるのかどうか?”だった。

幼いころから家族と離れて育った南間元は、家族や家業にも殆ど絶望していた。

しかし、僅かな血の繋がりしかない祖母ではあったが、南間康だけは尊敬していた。

筋道の通った生き方をしているのはこの人だけだったからだ。

南間康の意を受けた南間元は、

すぐに弁護士や税理士などに現状の認識などを確認した。

そして、結局この人たちが我が社の砦になってもらえないことが直ぐに理解できた。

所詮キレイゴトで済む話ではなかった。

南間康に対して南間元は「勝つ可能性のある闘いではない」こと。

だから「奥日光高原ホテルは諦めざるを得ない」こと。

しかし「南間ホテル本体だけはなんとしても守ろうと思う」こと。

「それには腕力が必要である」ことを話して

「南間康の人脈の中で力のある人を自分に紹介してくれ」と話した。

このころには、南間ホテルの周りにいた”自称力のある人たち”も

雲の子を散らすようにいなくなっていた。

南間康との相談の中で、南間元が力添えをお願いしようと思ったのはT氏だった。

そして南間元はこのT氏の指導のもと、約2年間に渡る抗争を必死で闘った。

溺れる犬に石を投げるような人たちは必ずいる。

杉田父子に至っては、T氏にわざわざ南間元の中傷を言いに行ったほどだ。

南間元にとって、南間康よりも血の繋がりのある孫や甥ではないか。

そして南間元の考えどおり、事を解決するのは”常に喧嘩が強いかどうか”だ。

そして上手い喧嘩をすれば、勝てないまでも命だけは守れる。

こうしてT氏やHK氏の力をかりて、奥日光高原ホテルの株を近畿日本ツーリストに

譲渡するかたちで南間ホテルは生き残った。

しかし南間ホテルの受けたダメージは計り知れなかった。

業界にも地元にも持っていたプレステージは、完全に失われた。

あざけりと嘲笑の中で南間ホテルは再出発せざるを得なかった。

南間元はこの解決をもって家業から引こうと思っていた。

自分は外から南間康をサポートしていこうと思っていた。

再び南間康の考える南間ホテルを再建するために

”南間康ならできる”、”南間康にしかできない再建”を・・。

しかし南間康の命の灯は、この事の終結をもって燃え尽きていった。

自分の汗と涙で築いてきた南間ホテルを

南間康は旅立つ時何を思って逝ったのだろうか。

南間元は泣いた。