第六話

南間栄の蕩尽はとどまるところを知らない。

何を思ったかぺスタロッチを気取って、

戦後の苦学生達の為の寮を造り、生活から学費まで面倒を見た。

決して悪いことではないだろうが、慈善というものは力の有る人たちに任せるべきだ。

当然の事ながら、南間ホテルにはそれだけの力はない。

むしろ、少しでも仕事に投資するのが当たり前だ。

自然保護を言い出し自然を守る会を造り、

小説家や評論家などのいわゆる文化人達をメンバーにし、一切の経費を賄った。

また、著名な写真家のスポンサーにもなった。

次から次へ浪費する金を作っているのは、一体誰なのかを考えたこともない。

歯を食いしばって労働に耐えている南間康をはじめ、

従業員達・・この人たちの汗と努力をあざ笑うような行状は、常軌を逸している。

つまり、

”久吉から引き継いだ南間ホテルを次代に渡す”などという事は、考えてもいないのだろう。

欲望の赴くままに生きながら、全てを奪い去っていく・・。

この人の愚かさは、”自分の偽善に気が付かないこと”だ。

久吉が没した時から始まる”南間ホテルの失われた30年”は、

皮肉にも、奥日光高原ホテルの失敗により南間栄が実権を手放すまで続いた。

その間に幾度となく訪れるチャンス・・例えば南間ホテルの借地を買い取ること。

或いは林野庁の利権。

そして、南間康が手がけようとした宇都宮や東京の旅館の買収などを、ことごとく潰していった。

”新しいことにチャレンジし、リスクを負うこと”など、到底考えられない人・・。

そして、”それだけ臆病な、腹の据わらない人間が経営者であること”の悲劇の典型だろう。

久吉の残していったものは、南間ホテルのほかにも色々なものがあった。

湯滝や中禅寺湖畔の土地の借地権や温泉権。

それに、共同で持っていた温泉権や蓼の湖の湖面の権利etc・・。

それを、企業化していけば、南間ホテルの経営にどれだけ寄与したことだろうか?

ビジネスマインドを持たない人間には、アイデアの欠片すらない。

湯滝に至っては他人に無償で貸してしまい、後に南間元が裁判で取り戻した。

名誉欲の為に就任した、東武鉄道系の温泉開発会社の社長は、

後年、温泉権の事で係争を起こす。

どこの世界に、自分が社長の会社を訴えるバカがいるだろうか?

このことで、南間ホテルは東武鉄道との間に埋めがたい溝をつくった。

久吉の最大の失敗は、”この南間栄という婿養子の人間性を見抜けなかったこと”だ。

そして、自分の大事な、そして有能な後継者である南間康を不幸のどん底に叩き込み、

南間ホテルの発展をスポイルした。

取り返しの効かない日々・・。

南間ホテルの基盤は音を立てて崩れていく・・。